ま、酒場の愚痴に近いが、かつての経験。
というか、複数回違う上司と、違うシチュエーションで似た経験をしているので、以下は、まあ、例えだと思ってほしい。
○上司がさる事柄について質問してくる(当然社内ではその道の専門家として通っている)。
○上司は、専門家としての自信から、当然私ごときに意見陳述など求めておらず、単に私の業務知識の不足を自覚させるために質問していることは解る。
○回答は、A、Bどちらかが考えられるが、上司がどちらの回答を期待しているかはわからない。不確定性の高いビジネス上の選択のことであり、どちらを答えても正解といえば正解である。
○上司の期待しない回答をすれば、当然「だからお前は日頃の研鑽が足りない」と説教が始まる。
○たとえ私が上司の期待する解答を選択したとしても、上司は更に難易度の高い次の質問をいくつか用意しており、それらに全て答えることは不可能に近い
○むしろ、上司は私がどちらを選んでも「お前は日頃の研鑽が」という説教を変える気は無さそうである。
○そこまで考えたら、何やら馬鹿馬鹿しくなり、多少はマシかもしれない「A、Bどちらかが、選択肢として存在すると思われますが、Aのメリット・デメリットはカクカクであり、Bのメリット・デメリットはシカジカであって、現段階ではどちらを選択するかは判断が付きにくいものと考えております。」・・・などどいう優等生的回答をする気も失せ、全てを省略して、「ワカリマセン。スミマセン。」という煮るなり焼くなり好きにしてくれ的回答になってしまう。それで、説教である。
○説教になれば、限りある業務時間が奪われ、クオリティが落ち、机上にペンディングの書類が溜まってゆく。深夜残業か、関係部署や顧客に謝罪である。
別にその上司達を恨んでいるわけではないし、むしろ彼らの仕事に対する執念とか、該博な業務知識、人脈の広さは当時の彼らと似た様な年齢になった今でも凄えと思っている。当時の薄っぺらな知識で仕事のクオリティも低かった私のほうが、説教に値する状態であったことは当時から否定していない。
ただ、上司の振り上げたコブシを如何に無難にやり過ごせるかばかりを当時は考えていた。
ただ、現在でも、「回答」は見つからない。上司としての回答も含めて。
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